■WBC準決勝、日本と韓国が対戦
 日本は予選リーグ1勝1敗で迎えた対韓国戦に負けたことで準決勝進出は絶望視されていました。実際には自力での準決勝進出の道が絶たれただけであり、準決勝に進めるかどうかは残るアメリカ対メキシコの結果で決まるのですが、アメリカが有利だと思われる条件が重なっていました。一つは実力の差であり、もう一つはモチベーションです。
 WBCでは勝敗が等しい場合は失点率で優劣を決めるのですが、アメリカが2点以上の失点で負けた場合のみ、日本が準決勝に進むことができます。しかし既に2敗しているメキシコは失点率で予選リーグ突破の望みはなく、最後のゲームで準決勝進出を決められるアメリカの方がモチベーションは高く、そうでなくとも全員がメジャーリーガーであるアメリカの力はメキシコを上回っており、前日にメキシコチームはディズニーランドで息抜きをするほどで、既に戦意喪失していて消化試合として最後のゲームを戦うだけだろうと考えられていました。
 ところがアメリカ対メキシコの試合で一つの事件が起きます。先日日本対アメリカの試合でタッチアップが早かったとのアメリカの抗議を受け入れ、判定を覆した疑惑の審判が、メキシコ打者の放ったライトポール直撃のホームランを、フェンスに当たって跳ね返った二塁打だと判定したのです。それがお祭り気分で最終戦を戦っていたメキシコチームの闘志に火をつけたのかどうかはわかりませんが、タイムリーヒットが出てホームランを二塁打と判定された打者は生還し、最終的にメキシコは2対1でアメリカを破り、日本が奇跡的に準決勝進出を決めたのです。
■6戦全勝の韓国と3勝3敗の日本が決勝を賭けて戦う準決勝
 アメリカ主導でルールが定められたWBCでは審判や組み合わせ方式など様々な点が各国から批判され疑問視されていました。予選リーグ1位同士が決勝を戦うのでなく、予選リーグの1・2位チームの勝者が決勝に進出し、3位決定戦は行なわれません。
 予選リーグの結果は準決勝以上に反映されません。予選リーグ6戦全勝の韓国がそのまま準決勝を勝ち進めば何の問題もありませんが、もし敗れれば僅か1敗しかしなかったチームがベスト4止まりで、既に3敗しているチームが決勝に進出できるということになってしまいます。その点では準決勝まで負けなしで進出してきた韓国チームにとっては、準決勝で一度敗退してしまうと決勝に進めないことは、WBCで優勝するうえに於いては大変なプレッシャーとなると思われます。
 韓国チームの投手コーチのソン・ドンヨルは日本の中日ドラゴンズでも活躍したことのある韓国・国民的英雄の一人ですが、彼は予選リーグのゲーム前に日本の投手コーチから、「ここで韓国チームが負けても日本と韓国が準決勝に進出できるのだから、手心を加えてもらえないか」との冗談を言われたと打ち明けています。これは新聞社の取材に「そのような申し出を受けたのに申し訳ないことをした」と勝者の余裕を示すエピソードとして語られたものです。確かにその時点で既に2勝していた韓国チームは、予選リーグ最終戦で日本に負けても準決勝に進むことができます。準決勝の対戦相手はアメリカと日本とではどちらがいいかと考えたときに、日本よりアメリカを強敵だと見なしていたとすれば、日本と準決勝を戦う方が良いと言うことになります。逆に準決勝で日本に負けるよりも、アメリカに負ける方が申し開きも立つという見方もできます。しかし韓国は同じアジアの日本をライバル視する傾向があります。これには、第二次大戦で日本が朝鮮半島を侵略していたという史実が影を落としているかもしれません。従って韓国は準決勝の対戦相手を優先させ、戦力を隠して日本に手心を加えるよりも、予選リーグで日本を敗退させるべく、全力で日本チームと戦うことを選んだのでしょう。日本で行なわれた予選一時リーグで日本に勝ったとは言え、予選リーグの対日本戦の戦績が2戦2勝と1勝1敗となるのとでは雲泥の差があります。
 その一方で日本チームのナインは、予選リーグで韓国に敗退した時点で、準決勝進出をほぼ諦めたに違いありません。イチローは「野球人生の中で最大の屈辱」と評したほど、韓国との敗戦は大きなショックだったに違いありません。しかしそれが首の皮一枚で準決勝に進むことができ、日本チームには準決勝を100%挑戦者としてプレッシャーなく戦うことができるようになりました。挑戦者としての日本と、全勝でプレッシャーを抱えた韓国、という図式が準決勝を前にして出来上がっていたような気がします。
■日本チームの課題
 日本チームは一次予選リーグでは中国や台湾相手にコールド勝ちを収めました。決して打線に問題があるとは思えないのですが、投手力の良い韓国やアメリカを相手にしたときにはこの打線が沈黙してしまい、ともに1点差で敗退しました。最小失点差での敗退は投手力の差というよりも打線が封じ込まれたことが原因だと私は思います。韓国チームは得点力がなく、投手力で予選リーグを負けなしで戦ってきました。日本は決して投手力が劣るわけではありません。負ける際にも相手を最小失点差に抑えることのできる力はあるのです。ですので準決勝でも投手戦になれば韓国が有利ですが、打撃戦になれば日本が有利です。
 その準決勝で王監督イチローの打順を1番から3番に移し、不調だった福留をスタメンから外しました。投げては上原−藪田−大塚のリレーで韓国打線を完封、打っては代打の福留が2ランホームランで先制、そこで韓国投手陣が踏みとどまることができれば試合はまだどちらに転んでもおかしくありませんでしたが、結果的に次打者小笠原に死球を与え、パスボールとタイムリーで3点目が入ったことで鉄壁を誇った投手陣は自壊し、最終的には6対0で日本が完勝しました。