福岡の病院に個人タクシーが突っ込む事故

12月3日、福岡市博多区の原三信病院に個人タクシーが突っ込み、3人の死者を出す事故が発生しました。事故を起こして逮捕された64歳の個人タクシードライバーは、「(病院から300メートル離れた)公園から出発してすぐブレーキが利かなくなった」「エンジンブレーキを利かせるなどして減速を図ったが止まらなかった」と話しており、目撃証言などから「公園と病院の間にある一時停止義務のある交差点でも止まらなかった」「病院手前50メートルほどからさらに加速し、道路左側に止まっていた2台の車を避けるように道路右側の病院ラウンジに突っ込んでいった」とされています。
警察はアクセルとブレーキの踏み間違いなどの運転ミス、自動車の不具合の両面からドライブレコーダーを解析するなどして事故原因を追究しています。
ドライバーが300メートル前からブレーキの不具合に気づいていることや減速行動を取っていること、さらに運転経験の豊富な個人タクシードライバーということから、単純なアクセルとブレーキの踏み間違いとは考えづらい側面もあり、事故原因の解明が待たれますが、この事故には幾つか気になる点があります。一つは事故車両である「プリウス(3代目・ZVW30型)の特性」、そしてもう一つは「エンジンブレーキを利かせた」という減速行動です。
プリウスハイブリッド車で、通常のガソリンエンジンと電気モーターで駆動します。ブレーキを踏んだり下り坂で充電をするという仕組みですが、ブレーキの踏み始めは通常のフットブレーキのようにブレーキディスクをパッドで締め付けることなく、充電用の回生ブレーキのみが働く仕組みになっています。3代目プリウスの発売直後は、この回生ブレーキの利き具合が通常の自動車と異なる違和感があり、「ブレーキが利かない」と言われました。但しこれは弱くブレーキを踏んでいる際に限られた話で*1、さらに強くブレーキを踏み込むことで解除されることから、今回の事故とは直接関係がありません。但しプリウスには通常のクルマと異なる特性があり、場合によってはプリウス独自の運転操作が要求されます。
プリウスは減速時や下り坂を除いて、主に電気モーターで駆動します。電気モーターは60馬力、エンジンは73馬力で、スタート時には電気モーターのみで駆動しますが、加速時などには電気モーターとエンジンの両方が働きます。プリウス特有の性格のためペダルを踏み込んでから若干タイムラグがあるようですが、パワーモードでの加速は一クラス上の車に匹敵する強力なものといわれています。
プリウスは電気式無段変速機を備えたオートマチック車であり、シフトレバーでリア・ニュートラル・ドライブの他にBモードが選択できます。通常のオートマ車にあるPレンジはシフトレバーでなくスイッチで選択する仕組みです。このBモードはエンジンブレーキを利かせるための下り坂などで使用する「ブレーキモード」の意味で、ゆっくりしたエンジンの回転力をタイヤに伝えることで減速する仕組みです。事故車両のドライバーが「(ブレーキが利かなくなったので)エンジンブレーキを使用した(が減速しなかった)」と言っていますが、この際に使用したのがBモードです。
エンジンブレーキは(ハイギアードで)エンジンがゆっくり回っている際には効果的ですが、高回転では意味がありません。仮に事故車が、何らかの理由(ブレーキと間違えてアクセルを床まで踏み込んでいるなど)でエンジンが高回転であった場合、通常のDモードではATフルードがエンジン回転力と駆動力との緩衝材ともなり得ますが、Bモードにするとエンジンの回転をより駆動力に伝えるように働いてしまい、無意味であるどころか逆効果にもなりかねません。「衝突の50メートル手前からさらに急加速した」との目撃証言がありますが、ドライバーがエンジンブレーキを利かせようとした結果、反対に加速してしまったという可能性もあります。
事故を起こしたドライバーはフットブレーキが利かないことからエンジンブレーキを利かせようと試みた訳ですが、この場合他の減速方法として「パーキングブレーキを踏み込む」ことと、エンジンが高回転である場合には「シフトをニュートラルに入れる」或いは「パワースイッチを切る」と言った方法が考えられます。エンジンブレーキによる減速はあくまでも通常走行時の減速行動であり、これをまず試してみることは間違いではありませんが、今回の場合却って急加速を招いた可能性も否定できません。ブレーキが利かない! というような非常時には通常時の減速行動だけでなく、非常時の減速行動が必要になってきます。さらに衝突を覚悟し、その衝撃を和らげるために建物への正面衝突を避けるべく道路沿いの建物への側面衝突を試みる、堅牢な建物でなく路上に止まっていた無人の自動車にぶつけて止めるといったことも考えなくてはならないかもしれません。

*1:例えば回生ブレーキ発動時にタイヤが滑りやすい路面でスリップし、タイヤロック判定されて回生が働かなくなるとブレーキが抜けた状態になる。